オウムの危険性〜彼らは再び地下鉄サリン事件を起こすか?〜
「オウム真理教」から二つに分かれた「ひかりの輪」と「アーレフ」。
一般的な考え方としては、この二団体に対し、カルト教団、元テロ集団といったイメージがあるだろう。
事実、かつてはそうだったのだから間違ってない。
自分も含め、当時の報道合戦を見た人には、彼らの凶悪さが嫌というほど伝わっているはずだ。
その一方で、森達也氏のドキュメンタリー映画「A」などを見た人は、マスコミ報道の中のオウムの姿と実際の信者一人一人の姿に、大きなズレがあることも認識したはずだ。
しかし、現在もオウム関係の報道があると、依然注意が必要だという内容である場合が多いし、今も彼らは公安の観察処分対象である。
現在の彼らに、かつてのような事件を起こす危険性はあるのだろうか?
あくまで私の知識と実際に彼らに会って感じた個人的体験のみではあるが、その辺について自分の考えを書いてみたい。
まず、「アーレフ」。
オウムから改称後は、村岡達子氏が代表を務めていたが、後に上祐史浩氏が代表に就任した。しかし、麻原彰晃(本名・松本智津夫)の妻・松本知子氏、三女・麗華氏(アーチャリー)を中心とした主流派「A派」と、上祐氏を中心とした“麻原外し”を掲げる代表派「M派」が対立。折り合いはつかず、上祐氏は新団体「ひかりの輪」をつくり、アーレフから離脱した。
新代表には、オウム時代は車両省大臣だった野田成人氏が就任。しかし、「A派」からは全く無視され(就任を認めていない)、何の実権も持っていない。


左画像:アーレフ代表・野田成人氏 右画像:麻原彰晃と妻・松本知子氏
現在のA派の中心は、報道合戦のころは日本中で顔を知らない者はいなかっただろう、広報部長(当時は副部長)の荒木浩氏。一時期は脱会も噂された荒木氏だが、現在は強硬な麻原回帰派だ。あとは、二ノ宮耕一氏もいるが、あまりに個性的な人のため、中心になるという感じではないらしい。
読んでいる人の中には、ホーリーネームもない荒木氏が、教団の中心になったことに疑問を持つ人もいるかも知れない。これについては、噂レベルではあるが、荒木氏が松本知子(麻原の妻)と交際しているという情報があり、そのせいで急に出世したのではないかという説がある。

画像:アーレフ広報部長・荒木浩氏
A派そのものも、周りが手をつけられない状態になっており、仮にも代表である野田氏ですら、まともに連絡が取れないようだ(荒木氏から携帯番号を教えてもらってないらしい)。セミナーでは、今も麻原のビデオを繰り返し見るような修行をしており、以前のオウムに戻ろうとしている。
こう書くと、かなり危険なようであるが、かつてのような事件を起こすかというと、答えは「NO」と言える。
ショボイ内ゲバのような事件を起こすことはあるかも知れないが、どんなに思想的に危なく見えても、彼らに大きな事件を起こすような元気はない。
事件当時と違い、現在の教団は高齢化が進んでいる。当時、二十代だった信者も四十過ぎだ。新規の出家信者はほとんどなく、在家信者も脱会する人が増えており、経済面でもかなり厳しい状態にある。さらに、古参幹部は「A派」のやり方についていけず、脱会や教団運営からの離脱などが相次いでいる。
それにも関わらず、A派は現実を見ずに、ひたすら麻原回帰を目指している。
大きな事件を起こすような計画を立てられる優秀な(?)人間は、とっくに逃げ出しているのだ。
アーレフの信者とは実際にコンタクトを取ったことがないので(今のアーレフとの接触は、ほぼ不可能に近い)、確信とまでは言えないが、放っておいても近い内に潰れるだろうというのが、周囲の大方の見方である。
続いて、「ひかりの輪」。
こちらは、上祐氏が麻原外しを打ち出してつくった新団体だけあり、一見すると麻原の影響下にはないように見える。教義も麻原の影響があるものは全て見直したと言っている。
しかし、説法会などの後に参加者にお供物を振る舞う際、果物の種をゴミとは別にしてほしいと言われるのだが、これは「種を捨てるのは殺生に当たる」とする麻原独自の教義の影響である。他にも麻原の影響はところどころに見て取れ、完全に影響から外れたとは言えないと私は思う。

画像:ひかりの輪代表・上祐史浩氏
しかし、私はそれは当然だと思っている。
今まで教祖として崇めていた人の教えを急に完全に否定できる方が、おかしくないだろうか。
私は、上祐氏が本気で麻原を完全否定する場合の方が危険だと思っている。
大体、麻原はマスコミ報道などによって、俗物の権化のようなイメージになっているが(間違いではないかも知れないが…)、関係者(反オウムも含め)に話を聴くと、宗教家としては優秀な人物だったことが分かる。
かなり勉強もしており、教義も報道で強調されるトンデモなものばかりではない。
これは冷静に見れば誰でも分かることなのだが、マスコミ報道に毒されてしまうと出てこない考え方なのだろう。私も、森氏の映画「A」や、実際に関係者と接触することがなかったら、こういった認識に至らなかったかも知れない。
で、ひかりの輪の危険性だが、こちらも現在は無いと言える。
上祐氏がアーレフの信者を引き連れて設立したわけだが、1000人近くいたといわれるアーレフから150名程度しか付いてこなかった。これは様々な見方があると思うが、引き抜き工作が下手だったとか、信者がアーレフに残りたがったというより、上祐氏に麻原ほどのカリスマ性がなかったことが最大の要因だと思われる。
麻原は人心掌握術に関しては、誰もが認めるほど長けていた。説法などでも、わざと俗な発言をし、聞く者を飽きさせないようにしていた。さらに、あの外見からは想像できないほど、人間として魅力があったのも事実のようだ。
一方の上祐氏は、マジメな性格が災いしてか、現段階では面白味のある説法はできていない。それが必要だとも思っていないのかも知れない。要は、頭はいいけれど“大将”、“親方”といったキャラクターではないのだ。
厳しい言い方だが、上祐氏に毒ガスを撒いてこいと命令されて、命懸けで実行する信者はいないだろう。
また、アーレフ同様、新規で入信する信者(会員)は少なく、一時期は財政面が相当厳しかったようだ。そのため、出家信者(専従会員)が外に出て、派遣やアルバイトで運営費を稼いでいた。
現在は多少は持ち直したようだが、決して余裕があるとは言えないだろう。
さらに、こちらも高齢化が進んでおり、事件を起こすような元気は無い。
もう一つ、事件を起こさないと言える根拠として、「上祐氏は利口である」ということが挙げられる。
説法などを聞いていると、「ん?」と思うことも多少はあるが、基本的には上祐氏は頭がいい人物だ。
非常に論理的な人でもある。
であれば、事件を起こすような馬鹿な真似をしても、何の得にもならないどころか、自ら自分たちの息の根を止めることになるというくらいは、当然分かっている。
はっきり言ってしまえば、上祐氏は教団を存続させることに必死で、無意味なことはしないだろうということだ。アーレフを離脱したのも、自分の居場所となる教団を潰さないためだ。A派のやり方では潰れると判断したから、新団体を設立したのである。
宗教団体という特殊性で物事が見えにくくなっているが、実際は集団のしがらみや、個人の損得など、我々が暮らす一般社会の理屈と変わらない。
教義がどうとか、麻原の影響がどうかという以前に、余裕がなかったら毒ガスの研究とか無意味なことをしてる暇などないのである。
仮に、ひかりの輪の運営が順調にいき、資金面や人員面で余裕が出たとしても、上祐氏ならテロなんてバカな行為はせずに、もっと上手にやるだろう。
上手にやっている例が、創価学会や幸福の科学、阿含宗などだ。
彼らは巧みに信者を増やし、権力からにらまれるような行動を極力控え、教団拡大や金儲けを実に上手にしている。創価学会は、カルト宗教でありながら、政治権力の中枢に入り込むほどにまでのし上がった。
私は、オウム事件は、オウムの信者が純粋過ぎたゆえに起こったと思っている。
ちょっと彼らをかばい過ぎになるかも知れないが、あの事件は「正義感の暴走」だっとともいえる。
もっと俗な部分があれば、前出の宗教団体のように上手くやっていただろう。


左画像:創価学会名誉会長・池田大作氏 右画像:幸福の科学総裁・大川隆法氏
だから、私は上祐氏が代表をやっている限り、下手なことはしないと思っている。
別の問題が起こる可能性はあるかも知れないが、少なくともオウム事件のようなことは二度としないだろうと。
単純に損得で考えて、バカな真似をする理由がないのである。
ちょっと長くなったが、以上が私のオウムへの見方だ。
その上で、なぜ今も信者として活動している人がいるのか、彼らはどこを目指しているのかなどの疑問を感じたため、ひかりの輪を取材している。
また、時間があったらレポートを上げます。
一般的な考え方としては、この二団体に対し、カルト教団、元テロ集団といったイメージがあるだろう。
事実、かつてはそうだったのだから間違ってない。
自分も含め、当時の報道合戦を見た人には、彼らの凶悪さが嫌というほど伝わっているはずだ。
その一方で、森達也氏のドキュメンタリー映画「A」などを見た人は、マスコミ報道の中のオウムの姿と実際の信者一人一人の姿に、大きなズレがあることも認識したはずだ。
しかし、現在もオウム関係の報道があると、依然注意が必要だという内容である場合が多いし、今も彼らは公安の観察処分対象である。
現在の彼らに、かつてのような事件を起こす危険性はあるのだろうか?
あくまで私の知識と実際に彼らに会って感じた個人的体験のみではあるが、その辺について自分の考えを書いてみたい。
まず、「アーレフ」。
オウムから改称後は、村岡達子氏が代表を務めていたが、後に上祐史浩氏が代表に就任した。しかし、麻原彰晃(本名・松本智津夫)の妻・松本知子氏、三女・麗華氏(アーチャリー)を中心とした主流派「A派」と、上祐氏を中心とした“麻原外し”を掲げる代表派「M派」が対立。折り合いはつかず、上祐氏は新団体「ひかりの輪」をつくり、アーレフから離脱した。
新代表には、オウム時代は車両省大臣だった野田成人氏が就任。しかし、「A派」からは全く無視され(就任を認めていない)、何の実権も持っていない。


左画像:アーレフ代表・野田成人氏 右画像:麻原彰晃と妻・松本知子氏
現在のA派の中心は、報道合戦のころは日本中で顔を知らない者はいなかっただろう、広報部長(当時は副部長)の荒木浩氏。一時期は脱会も噂された荒木氏だが、現在は強硬な麻原回帰派だ。あとは、二ノ宮耕一氏もいるが、あまりに個性的な人のため、中心になるという感じではないらしい。
読んでいる人の中には、ホーリーネームもない荒木氏が、教団の中心になったことに疑問を持つ人もいるかも知れない。これについては、噂レベルではあるが、荒木氏が松本知子(麻原の妻)と交際しているという情報があり、そのせいで急に出世したのではないかという説がある。

画像:アーレフ広報部長・荒木浩氏
A派そのものも、周りが手をつけられない状態になっており、仮にも代表である野田氏ですら、まともに連絡が取れないようだ(荒木氏から携帯番号を教えてもらってないらしい)。セミナーでは、今も麻原のビデオを繰り返し見るような修行をしており、以前のオウムに戻ろうとしている。
こう書くと、かなり危険なようであるが、かつてのような事件を起こすかというと、答えは「NO」と言える。
ショボイ内ゲバのような事件を起こすことはあるかも知れないが、どんなに思想的に危なく見えても、彼らに大きな事件を起こすような元気はない。
事件当時と違い、現在の教団は高齢化が進んでいる。当時、二十代だった信者も四十過ぎだ。新規の出家信者はほとんどなく、在家信者も脱会する人が増えており、経済面でもかなり厳しい状態にある。さらに、古参幹部は「A派」のやり方についていけず、脱会や教団運営からの離脱などが相次いでいる。
それにも関わらず、A派は現実を見ずに、ひたすら麻原回帰を目指している。
大きな事件を起こすような計画を立てられる優秀な(?)人間は、とっくに逃げ出しているのだ。
アーレフの信者とは実際にコンタクトを取ったことがないので(今のアーレフとの接触は、ほぼ不可能に近い)、確信とまでは言えないが、放っておいても近い内に潰れるだろうというのが、周囲の大方の見方である。
続いて、「ひかりの輪」。
こちらは、上祐氏が麻原外しを打ち出してつくった新団体だけあり、一見すると麻原の影響下にはないように見える。教義も麻原の影響があるものは全て見直したと言っている。
しかし、説法会などの後に参加者にお供物を振る舞う際、果物の種をゴミとは別にしてほしいと言われるのだが、これは「種を捨てるのは殺生に当たる」とする麻原独自の教義の影響である。他にも麻原の影響はところどころに見て取れ、完全に影響から外れたとは言えないと私は思う。

画像:ひかりの輪代表・上祐史浩氏
しかし、私はそれは当然だと思っている。
今まで教祖として崇めていた人の教えを急に完全に否定できる方が、おかしくないだろうか。
私は、上祐氏が本気で麻原を完全否定する場合の方が危険だと思っている。
大体、麻原はマスコミ報道などによって、俗物の権化のようなイメージになっているが(間違いではないかも知れないが…)、関係者(反オウムも含め)に話を聴くと、宗教家としては優秀な人物だったことが分かる。
かなり勉強もしており、教義も報道で強調されるトンデモなものばかりではない。
これは冷静に見れば誰でも分かることなのだが、マスコミ報道に毒されてしまうと出てこない考え方なのだろう。私も、森氏の映画「A」や、実際に関係者と接触することがなかったら、こういった認識に至らなかったかも知れない。
で、ひかりの輪の危険性だが、こちらも現在は無いと言える。
上祐氏がアーレフの信者を引き連れて設立したわけだが、1000人近くいたといわれるアーレフから150名程度しか付いてこなかった。これは様々な見方があると思うが、引き抜き工作が下手だったとか、信者がアーレフに残りたがったというより、上祐氏に麻原ほどのカリスマ性がなかったことが最大の要因だと思われる。
麻原は人心掌握術に関しては、誰もが認めるほど長けていた。説法などでも、わざと俗な発言をし、聞く者を飽きさせないようにしていた。さらに、あの外見からは想像できないほど、人間として魅力があったのも事実のようだ。
一方の上祐氏は、マジメな性格が災いしてか、現段階では面白味のある説法はできていない。それが必要だとも思っていないのかも知れない。要は、頭はいいけれど“大将”、“親方”といったキャラクターではないのだ。
厳しい言い方だが、上祐氏に毒ガスを撒いてこいと命令されて、命懸けで実行する信者はいないだろう。
また、アーレフ同様、新規で入信する信者(会員)は少なく、一時期は財政面が相当厳しかったようだ。そのため、出家信者(専従会員)が外に出て、派遣やアルバイトで運営費を稼いでいた。
現在は多少は持ち直したようだが、決して余裕があるとは言えないだろう。
さらに、こちらも高齢化が進んでおり、事件を起こすような元気は無い。
もう一つ、事件を起こさないと言える根拠として、「上祐氏は利口である」ということが挙げられる。
説法などを聞いていると、「ん?」と思うことも多少はあるが、基本的には上祐氏は頭がいい人物だ。
非常に論理的な人でもある。
であれば、事件を起こすような馬鹿な真似をしても、何の得にもならないどころか、自ら自分たちの息の根を止めることになるというくらいは、当然分かっている。
はっきり言ってしまえば、上祐氏は教団を存続させることに必死で、無意味なことはしないだろうということだ。アーレフを離脱したのも、自分の居場所となる教団を潰さないためだ。A派のやり方では潰れると判断したから、新団体を設立したのである。
宗教団体という特殊性で物事が見えにくくなっているが、実際は集団のしがらみや、個人の損得など、我々が暮らす一般社会の理屈と変わらない。
教義がどうとか、麻原の影響がどうかという以前に、余裕がなかったら毒ガスの研究とか無意味なことをしてる暇などないのである。
仮に、ひかりの輪の運営が順調にいき、資金面や人員面で余裕が出たとしても、上祐氏ならテロなんてバカな行為はせずに、もっと上手にやるだろう。
上手にやっている例が、創価学会や幸福の科学、阿含宗などだ。
彼らは巧みに信者を増やし、権力からにらまれるような行動を極力控え、教団拡大や金儲けを実に上手にしている。創価学会は、カルト宗教でありながら、政治権力の中枢に入り込むほどにまでのし上がった。
私は、オウム事件は、オウムの信者が純粋過ぎたゆえに起こったと思っている。
ちょっと彼らをかばい過ぎになるかも知れないが、あの事件は「正義感の暴走」だっとともいえる。
もっと俗な部分があれば、前出の宗教団体のように上手くやっていただろう。


左画像:創価学会名誉会長・池田大作氏 右画像:幸福の科学総裁・大川隆法氏
だから、私は上祐氏が代表をやっている限り、下手なことはしないと思っている。
別の問題が起こる可能性はあるかも知れないが、少なくともオウム事件のようなことは二度としないだろうと。
単純に損得で考えて、バカな真似をする理由がないのである。
ちょっと長くなったが、以上が私のオウムへの見方だ。
その上で、なぜ今も信者として活動している人がいるのか、彼らはどこを目指しているのかなどの疑問を感じたため、ひかりの輪を取材している。
また、時間があったらレポートを上げます。

